.jpg)
室町、観音寺、すく尾集落の信仰対象となっ
ていて馬頭観音さんと呼ばれている石仏。
放牛阿弥陀如来石仏は僧方牛によって
作られた。
阿蘇では初めての発見だと云われる。
僧方牛については、次のような
話が伝えられている。貞京3年1月4日、
大矢野源左衛門が熊本の鍛冶屋町を通り
かかった時 兄弟が口喧嘩をしているのに
怒った父の鍛冶七衛門が火吹き竹の投げ
打ちをした。ところが運悪くそこに通り
かかった源左衛門に当たったからたまらない。
怒った源左衛門はその場で七左衛門を
無礼打ちにした。父親の死が自分達の不孝
にあるとして、嘆き悲しんだ子供(放牛)は
その後 仏道修業をし、名を放牛と名乗り、
父の供養と衆生済度の為に市内はもとより
各地を回っては、人々に孝行の大切な事を
説き、仏道を説教しながら浄財を集め、
京保7年から石仏建立を始め、11年間の
うちに110体ばかりの石仏を建立して
回った。そこで放牛の建てた地蔵さんを
放牛地蔵と呼ぶようになった。
放牛は説いている
神仏 おがまぬさきに 親おがめ
神や仏も うれしかるらん
.jpg)